カラヴァッジョ|バロック美術のパイオニア

カラヴァッジョ 芸術家紹介

カラヴァッジョのプロフィール

名前 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio)
国籍 イタリア
生誕 1571年9月28日
死没 1610年7月18日

カラヴァッジョの生涯

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョは、1571年、イタリア北部のミラノに生まれます。当時ヨーロッパで流行していたペストを避けてカラヴァッジョ村に移り住んだことから、後にカラヴァッジョと呼ばれることになりました。

14歳のときからおよそ6年間、シモーネ・ペテルツァーノという画家の下で修業し、イタリア北部の写実主義を身につけます。

20歳でローマに移り、ダルピーノという画家の下で徒弟契約を結びました。カラヴァッジョの実力は枢機卿や知識人の間ですぐに話題となり、旧約聖書、新約聖書の物語に基づく宗教画を中心に絵画制作の依頼を受けました。

《ホロフェルネスの斬首》(出典:Web Gallery of Art)

宗教画だけでなく風俗画も描いたことも、カラヴァッジョの特徴と言えます。

当時、風俗画は宗教画よりも劣るものとされ、アルプス以北の画家が描くものとされていました。したがってローマで活動するカラヴァッジョが風俗画を描くのは、とてもセンセーショナルなことだったのです。

《女占い師》(出典:MUSEY)

ローマで制作を続ける中で、精緻な描写と大胆な構図に加え、劇的な明暗法(キアロスクーロ)を洗練させていきましたが、1606年、転機が訪れます。

もともとカラヴァッジョは気性が激しく、1600年以降何度も投獄と出所を繰り返していたのですが、賭けテニスの結果をめぐり、ラヌッチョ・トマソーニという男を殺害してしまいます。これによって「見つけ次第誰でも殺してよい」という「死刑宣告」を受け、イタリア南部への放浪の旅を始めることとなりました。

コロンナ家という貴族の庇護を受けて逃亡のための資金を調達し、1606年9月ごろ、ナポリに到着します。カラヴァッジョは1606年10月から1607年7月までと、1609年10月から1610年7月までの二度、ナポリに滞在しています。

この滞在期間中に《慈悲の七つの行い》や《マグダラのマリア》など多くの作品を残し、後に「ナポリ派」と呼ばれる画家たちの手本となりました。

《慈悲の七つの行い》(出典:Google Arts and Culture)

1607年7月にマルタ島へ渡り、聖ヨハネ騎士団に入団しますが、ここでも騒ぎを起こし、投獄されてしまいます。しかしすぐに脱獄してシチリア島に渡り、《聖ルチアの埋葬》《ラザロの復活》などを制作しました。

1609年に再度ナポリへ戻るものの、居酒屋で盗賊に襲われ、重傷を負ってしまいます。

回復後は1610年7月まで滞在し、礼拝堂や貴族のために作品を制作しました。恩赦が出ることを期待して、《洗礼者聖ヨハネ》などの幾つかの絵画を手にローマへと向かいますが、7月18日、トスカーナ州のポルト・エルコレにて熱病により死去しました。

《洗礼者聖ヨハネ》(出典:Wikipedia)

カラヴァッジョの作風

カラヴァッジョの作風の特徴には次の特徴が挙げられます。

1.自然を忠実で精密に写し取る

2.劇的な明暗対比

3.大胆な身振り

《聖マタイの殉教》(出典:Earl Art Gallery)

《聖マタイの殉教》を例にこれらの特徴を見てみましょう。画面に描かれた人物は、人体や衣服の表現などが、すべて現実の人間のありかたに非常に忠実に描かれているのがわかります。また、画面左上からスポットライトのようにして照らされた光が中央にいる処刑人と聖マタイを照らしていて、とてもドラマチックな演出がなされています。

また描かれた人物の表情と身振りは一人一人異なっており、しかもとても複雑に配置され、全体として緊張感に富む絵画となっているのがわかります。

レオナルド・ダ=ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロに代表されるルネサンスの時代には静かで調和的な絵画が主に描かれていたのを考えると、カラヴァッジョの画風がいかに革新的であったかがわかります。

このカラヴァッジョの技法は貿易を通して、また芸術の中心であったローマに集った芸術家たちが母国へ持ち帰ったことでヨーロッパ全土へと伝わり、ルーベンスやベラスケス、フェルメールなど、その後のバロック美術の規範となりました。

また、多くの画家が工房を構え、弟子と共同で作品制作を行っていたのに対し、人付き合いを嫌い、ほとんど一人で作品を制作したのもカラヴァッジョの特徴です。

カラヴァッジョの作品

果物籠

出典:MUSEY

《果物籠》は1599年に描かれた静物画です。木の編み籠のなかに沢山の果物が詰め込まれ、それらはとても写実的に、精緻に描かれています。

ナポリへ逃亡した後にカラヴァッジョの資産は差し押さえられたのですが、その際にミラノの大司教のコレクションに加えられました。この大司教は、《バッカス》や《トカゲに噛まれた少年》を見てカラヴァッジョに注目していたそうです。

聖マタイの召命

出典:Web Gallery of Art

《聖マタイの召命》は1600年頃に描かれました。ローマのサン・ルイージ・デイ・フランチェージ聖堂に、先ほどの《聖マタイの殉教》、そして《聖マタイの霊感》と共に三連作として描かれています。画面右から差し込む光がうっすらと室内を照らし、登場人物は暗闇から浮かび上がるように描かれています。

光線が主人公であるイエス(画面右、指さしている人物)とマタイ(画面左、俯いている人物)をつないでおり、賭博に夢中であったマタイがイエスの声を聞いて今まさに立ち上がろうとする場面を、ドラマチックに演出しています。

洗礼者聖ヨハネの斬首

出典:Web Gallery of Art

《洗礼者聖ヨハネの斬首》は1608年にマルタ島で描かれた、縦360cm、横520cmにもなる大きな作品です。

先ほどの2枚と比べると、使われている色や登場人物が減り、明暗対比も抑えられているのがわかります。殺人を犯したという罪悪感から、カラヴァッジョはキリスト教をより一層信仰するようになり、絵画の色彩の鮮やかさや人物のダイナミックな動きは以前に比べ抑えられていきました。本作はその画風の変化が見事に表れている作品だといえます。

カラヴァッジョの関連書籍

一枚の絵で学ぶ美術史 カラヴァッジョ《聖マタイの召命》

バロックを代表する画家カラヴァッジョの名画『聖マタイの召命』。この謎の多い絵画に込められた豊かなメッセージを受け取ろう。美術をみる目を助ける基礎的かつ普遍的な知識を紹介し西洋美術史の豊かな世界に誘う一冊。

出典:Amazon

カラヴァッジョ巡礼

17世紀初頭のローマで、一世を風靡したバロック絵画の巨匠カラヴァッジョ。斬新な明暗法を駆使した写実的かつ幻視的な作品は常に賛否両論を巻き起こし、さらには生来の激しい気性から殺人を犯し、逃亡生活を余儀なくされる。聖なる画家にして非道な犯罪者。その光と闇に包まれた生涯を辿りつつ、現地に遺された作品を追って旅する。

出典:Amazon

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