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クロード・モネ|光を見つめて描き続けた印象派アーティスト

クロード・モネ 人物紹介
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クロード・モネのプロフィール

クロード・モネ

出典:Wikipedia

名前 クロード・モネ(Claude Monet)
国籍 フランス
生誕 1840年11月14日
死没 1926年12月5日(86歳)

クロード・モネの生涯

小さいころから画家としての人生を歩むことを考えていたモネは、父の反対されましたが、歌手である母からの応援をうけてル・アーブル美術学校に入学し、学校では、絵の才能を活かして木版画に肖像画を描いたものを売ることでお金を稼ぎ絵のうまさは周囲からも認められていました。

母の死によって退学を余儀なくされましたが、生活を共にした叔母がモネの意志を尊重してくれる関係であったことから、モネは画家の道を諦めることなく、自ら資金を貯めてパリへと飛び立ち、自由画塾で絵を学びます。

兵役によって、アルジェリアに配属されたモネは、アルジェルアの光や色に刺激を受けて、創作の糧として滞在中も絵を描き続けましたが、自身が腸チフスに感染したことで病に倒れて除隊しました。

除隊によって、描くことに向き合う時間を手にしたモネは、アカデミック美術学校に入学しましたが、学校の方針との不一致が原因で充分に学びを得ることはできませんでしたが、シャルル・グレールのアトリエでルノワール、アルフレッド・シスレーらとの出会いで、のちに「印象派」となる表現を産み出しました。

1865年にサロン・ド・パリで「オンフルールのセーヌ河口」「干潮のエーヴ岬」にを出品、パリ・サロンで「草上の昼食」を出品したモネは、徐々に知名度をあげました。また、モネは「草上の昼食」のモデルとなったカミーユ・ドンシャーとはのちに結婚しました。

1870年に起こった普仏戦争による徴兵から逃れるために、カミーユとともにフランスへと移ったモネはジョン・コンスタブルやウィリアム・ターナーの風景画に出会ったことで画家として変化し、印象派のスタイルにも影響を与えました。

普仏戦争が終わったころに、フランスのアルジャントゥイユにもどってアトリエを構えたモネは、サロン・ド・パリへ作品の出品を予定していましたが、企画側から出品不可とされたことでルノワール、カミーユ・ピサロ、アルフレッド・シスレーらと別で展覧会を行いました。

この展覧会で、印象派の名前の由来となる「印象、日の出」を展示したモネは、展覧会の企画も含めて酷評されましたが、結果として印象派というスタイルとモネの名前は広く知られました。

妻のカミーユを結核で亡くしたモネは、印象派の展覧会にしばらくは出品しいましたが、経済的事情により敬遠されていたサロン・ド・パリに出品して評価を得たことで、印象派グループから反感を買いました。さらに、印象派グループのメンバーの作風や考え方に変化があったこともあり印象派グループは解散します。

その後、同居していた友人エルネストが亡くなるとエルネストの妻であるアリスとモネは再婚して、ノルマンディー地域にジヴェルニーで家と庭を購入しました。

新たな伴侶と子供がいることで、経済状況は再び危機に陥りますが、モネの才能と作品に目をつけて早くから印象派全体を支援していた画商ポール・デュラン=リュエルがモネの作品の購入や展覧会への出品に尽力したことで、モネは安定した環境のなかで制作にかかることができました。

晩年は、白内障により青系の色彩を上手に認識できなくなったことで作品は赤や黄といった明るい色で描かれた作品を多く残し、最期は胃がんにより亡くなりました。

モネが愛して手をかけた庭園や、生活した自宅は管理のもとで一般公開されており、モネの足跡の片鱗をみることができます。

クロード・モネの作風

モネは日常に溢れる自然や空間にある光や大気を含めて再現する「印象派」です。
印象派としてのモネの作品は、風景画だけではなく、人物画、室内画、静物画などもあり「睡蓮」や「積みわら」といった連作も手がけました。

クロード・モネの作品

散歩・日傘をさす女

散歩・日傘をさす女

出典:Wikipedia

モネの作品によく見られる日傘と女性をモチーフにしたこの作品では、妻のカミーユと息子のジャンをモデルにしています。

風が吹き、柔らかい太陽光が差し込むことで生まれる陰影を印象的に描いたこの作品は、妻と息子がいる空間にある光と大気までもがうまく表現されており、モネの代表作品の1つとして数えられます。

印象・日の出

印象・日の出

出典:Wikipedia

1874年に開催した第一回印象派展で展示した「印象・日の出」は、印象派という名称の由来となり、モネが印象派の画家であると決定づけた重要な一枚です。

筆触分割でル・アヴール港の空気の動き、光の揺らめき、雰囲気を表現したこの風景画は、当時は異端とみなされて展示した際は、「印象はあるが、作りかけのポスターの方が見ていられる」と批評家から酷評を浴びましたが、酷評を浴びたことでモネたちの活動が知れ渡り、以降は印象派が認知されました。

クロード・モネの関連書籍

【本の目次をみる】

序章 ノルマンディー時代 1840~1858(0歳~18歳)
1章 パリへ―若き仲間との交流 1859~1871(19歳~31歳)
2章 印象派への道 1872~1882(32歳~42歳)
3章 ジヴェルニーへ―旅の時代、連作の時代 1883~1898(43歳~58歳)
4章 「睡蓮」の時代 1899~1926(59歳~86歳)
終章 没後の再評価から現代へ―モネの遺産

モネの生涯、スタイルが出来上がるまで、主要作品の解説情報を幅広く得ることができる一冊です。

ビギナーズと題名にある通り、初心者でもモネを理解しやすいようにわかりやすい説明がされており、また、オールカラーで実物の色合いをイメージしながらモネを理解を深めることができます。

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