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パブロ・ピカソ|創造と破壊をくりかえしたスペインのモテ男

パブロ・ピカソ 人物紹介
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パブロ・ピカソのプロフィール

パブロピカソ

出典:Wikipedia

名前 Pablo Picasso(パブロ・ピカソ)
国籍 スペイン
生誕 1881年10月25日
死没 1973年4月8日(92歳)

パブロ・ピカソの生涯

スペインのマラガに生まれたピカソは、幼少期から芸術の才能を父によって見出されて、ドローイングや油絵の訓練を受けて画家としての基盤をはやくから形成してきました。

本格的に絵を学ぶはじめたのは、ピカソが7歳のときにバルセロナに引っ越して父が職員を説得して入学した美術大学でした。
しかし、ピカソは大学の授業にすぐに飽きてしまったことから真面目に授業を受けることはありませんでした。

ピカソは16歳のときに「科学と慈愛」という作品で高い評価を獲得したことで、マドリードの王立サン・フェルナンド美術アカデミーに入学して、一人暮らしをはじめました。
しかし、ここでも大学の教育に満足することはなく、歴代のスペイン王家のコレクションを展示するプラド美術館に通いつめ、作品をひたすら模写することで先人たちから芸術を学んでいました。

またこの頃から、「青の時代」として悲哀や絶望を感じさせる作品が多く描きました。
「青の時代」は親友であるカサヘマスが失恋で自殺したことも重なり、ピカソの不安定な精神が色濃く反映されています。

「青の時代」からの脱却したきっかけは、フェルナンド・オリヴィエとの出会いによるものでした。恋人関係に発展したことで彼女はピカソにとって心の支えとなり、明るく生命を感じさせる「ばら色の時代」へと移行しました。

以降、ピカソの作風は女性との出会いによって何度も変化を繰り返します。
現代においても広く名前が知られる「キュビズム」は、二人目の恋人であるエヴァ・グエルと付き合っていたときに、ピカソに影響を受けたジョルジュ・ブラックとの共同研究によって確立しました。キュビズムは、はじめての妻となるオルガが「わかりやすい絵を描いて欲しい」と希望したことで影を潜めましたがピカソを語るには外せない要素です。

青色の時代からはじまり、ばら色の時代、キュビズムの時代、新古典主義の時代など様々な作風に挑戦して、実力と名声を獲得したピカソは、パリ万博に向けた壁画の制作依頼を受けます。パリ万博当日に向けて、制作の準備を進めていたピカソですが、スペイン内戦が勃発し、ドイツが爆撃したことを知ると、壁画制作をやめてゲルニカの制作に移行しました。

戦争への怒りや抗議の意味を含んだゲルニカは、戦争を体験していない世代に対しても訴えかけるパワーをもち、今でも多方面に影響力をもちます。

戦後は、当時、美大生だったフランソワーズ・ジローとの間に子供をもうけましたが、ピカソの横暴ぶりに耐えられなくなり、フランソワーズはピカソのもとを去りました。

人生の後半は、今までの集大成のごとく様々な作風でたくさんの作品を発表しましが、世間から過去の人としてみなされたピカソの人気は最盛期と比べるとかなり落ちていました。余生を最後の妻となるジャクリーヌ・ロックと過ごしたピカソは、晩年を南フランスで過ごし、最期は自宅で肺水腫で亡くなりました。

パブロ・ピカソの作風

ピカソは画家人生のなかで何度も作風を変えていきました。
ここでは、ピカソの作風として有名なものを時代ごとに紹介します。

青の時代

ピカソが19歳のときに親友であるカサヘマスが自殺したことでピカソは精神的に不安定な時期を過ごしました。
この時期に描かれた作品は「青の時代」にあたり、貧しい者や弱者といった社会的に底辺に属している人々をテーマとして描きました。

ばら色の時代

ばら色と名前が付く通り、ピンクをふんだんに使った作品が多く見られる時代です。
親友の自殺で、鬱屈した気分が続くピカソでしたが、恋人としてフェルナンド・オリヴィエ
を得たことで人生に光を取り戻したことが影響しています。

アフリカ彫刻の時代

アフリカ彫刻の時代は、アフリカ文化の影響を受けた時代で、特に顔の表現にみてとれます。
また、アフリカ彫刻の時代には、以降のピカソの作品の特徴の一つである「キュビズム」の
原点となる「アヴィニョンの娘たち 」が描かれています。

分析的キュビズムの時代

フランスの画家であるジョルジュ・ブラックとピカソによって創られたキュビズムを用いた技法で、20世紀最大の絵画様式と言えるほどに世の中にインパクトを残しました。

総合的キュビズムの時代

新聞や雑誌の切り抜き、壁紙、ロープなどをキュビズムを用いた絵画と組み合わせるもので、コラージュ、パピエ・コレという技法として知られています。

新古典主義の時代

古代ローマやルネサンスの古典様式の影響を受けたピカソは、それまで取り入れていたキュビズムだけではなく、8世紀中頃から19世紀前半に全ヨーロッパにひろまった新古典主義を取り入れました。

シュルレアスリム時代

フランスの詩人アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」からはじまった芸術運動に影響を受けてシュルレアスリムの考えを取り入れました。

ピカソ自身が運動に直接参加することはありませんでしたが、妻のオルガとの関係が良好ではなく、精神的な不安定さも入り混じった表現が多いこの時代はピカソの作風の変化を語る上で欠かせません。

晩年の時代

晩年は、ピカソが人生を通じて積み上げてきた画家としての経験やスキルを出し切るかのように、1つの形にとらわれることなく制作を続けました。

パブロ・ピカソの作品

老いたギター弾き

老いたギター弾き

出典:Artpedia

油彩で描かれた「老いたギター弾き」は、スペインのバルセロナの通りで絶望に沈んだ表情が印象的な老人がギター抱えるようにして弾いている様子を描いています。

深い青色を使うことで、老人の心境を写し出すかのように暗い雰囲気を醸し出しています。

ゲルニカ

ゲルニカ

出典:Artpedia

スペイン市民戦争のさなかで、スペインのバスク地方にある村・ゲルニカがナチスドイツやイタリア軍によって爆撃されたことをテーマにピカソは「ゲルニカ」を制作しました。

白と黒と灰色のみのモノクロで描かれた子供を抱えて泣き叫ぶ母親や天を仰ぐ人、荒れ狂う馬や牛が描かれており、苦しみ悶える市民や動物の姿から戦争がもたらした悲劇を圧倒的なインパクトとして残しています。

パブロ・ピカソの関連書籍

【本の目次をみる】

第1章 幼少の時代
第2章 青の時代
第3章 バラ色の時代
第4章 キュビスムの時代
第5章 新古典主義の時代
第6章 シュルレアリスム、ゲルニカの時代
第7章 戦後の時代

芸術家・ピカソの波乱に満ちた人生と時代によって絵画、彫刻、版画、陶器など、様々な方法で芸術表現をしてきたピカソの歴史を学べます。

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