サルバドール・ダリ|天才の描く「ダブル・イメージ」

サルバドール・ダリ芸術家紹介

サルバドール・ダリのプロフィール

出典:Wikipedia

名前サルバドール・ダリ
国籍スペイン
生誕1904年5月11日
死没1989年1月23日(84歳)

サルバドール・ダリの生涯

ダリは1904年、スペインはカタルーニャ地方フィゲーラスに生まれました。裕福な公証人の家に生まれたダリでしたが、彼が5歳の時、ある出来事に大きなショックを受けます。

それは、「幼くして死んだ兄がおり、『サルバドール』の名は元は兄のものだ」というものでした。これを告げられた心理的ショックが、後の彼の作風の根幹となります。

ダリは幼い頃から絵画に興味を持ち、その才能はピカソの友人から認められるほどでした。

1922年、マドリードの王立サン・フェルナンド美術アカデミーに入学しました。20歳の頃には、身長172cmで細身の体型と、エキセントリックかつダンディーな雰囲気で既に注目を浴びていたようです。

1925年にマドリードで自身初の個展を開き、その2年後にはパリに赴き、そこでピカソやトリスタン・ツァラなどシュルレアリスムの画家たちと交流しました。

アカデミー時代には印象派やキュビスムを深く受容していましたが、この出会いが引き金となったのか、彼はシュルレアリスムの道を歩むようになります。1929年には、シュルレアリストのグループに加入しました。

1934年にガラ・エリュアールと結婚し、第二次世界大戦中は戦禍を避けてアメリカに移住。1948年に帰国した後に制作活動を再開します。

ガラはダリにとって大変重要な存在で、妻であると同時に、インスピレーションを与える学芸の女神ムーサであり、マネージャーでもありました。

意欲的に作品制作を続け、スペイン国王から第十字勲章を受章したダリでしたが、1982年に最愛の妻ガラが死去したことで激しく落ち込み、1983年の《ツバメの尾》という絵画を最後に、完全に作品制作を辞めてしまいます。

1989年1月23日の朝、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』を流している途中に、心不全により死去。84歳でした。

ダリの作風

ダリといえばシュルレアリスムで有名ですが、独自の方法を発明したことでも評価を得ました。その手法というのは、「偏執狂的批判的方法(へんしゅうきょうてきひはんてきほうほう)」

簡単に言うと、あるものを別のものと重ね合わせて見る、というダブルイメージの方法です。例えば、《記憶の固執》という作品では、時計とカマンベールチーズが重ね合わせられています。

出典:Musey

また、1937年に制作された《水面に象を映す白鳥》は、一見すると枯木の前に3羽の白鳥が佇んでいる様子が見て取れますが、その水面に反射した映像は象に見えます。

出典:Musey

興味深いのは、この作風にはアカデミー時代に学んだ古典様式が関わっているということです。《記憶の固執》では、どろどろに溶けた時計と対照的に、手前の時計や奥の木の幹、崖がとても現実に忠実に描かれていることがわかります。また、《水面に象を表す白鳥》においては、画面中心の白鳥や湖岸の草木が非常に細かく描かれています。

それに加えて、亡き兄の存在を告げられるという幼少期の体験が、彼の作風の要因の一端を担っているとされています。「自分は兄の名を受け継いだ」という意識が、両親は本当は兄を必要としていたのだという意識に発展し、その反動として派手で自己顕示的な作風が形成された、というものです。

※シュルレアリスム:主に1920~30年代に流行した芸術運動。アカデミー由来の高度な描写能力を用いて、夢と現実の混在する矛盾した状態を表現する。

ダリの作品

ダリは生涯で20を超える作品を制作しました。絵画作品が有名ですが、そのほかにも彫刻、版画、広告、ファッション、映画と幅広い活動を行っています。

自作に対しては「ダリの作品は誰にもわからない。ダリにもわからない」という立場をとっていますが、その奇抜で示唆に富む作品は学者から一般の人々まで、多くの人々を魅了してきました。

茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)

出典:Musey

《茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)》は1936年に制作されました。名前の通り、茹でた豆が画面の中に沢山描かれています。その理由は、「青白く哀愁を帯びた野菜の存在なしで、無意識の肉全部を飲みこむことを人は想像できない」からとされています。

またこれはスペイン内戦を予言した作品である、とダリは自称し、この内戦を完全な予言の的中だと自画自賛しています。

元々はアレンズバーグというアメリカの美術コレクターのコレクションの一つでしたが、現在はアメリカのフィラデルフィア美術館に所蔵されています。

「チュッパチャプス」ロゴ

出典:Wikipedia

製菓会社「チュッパチャプス」のロゴの作成依頼も引き受けています。このロゴは1969年に作られました。

創業者のエンリク・ベルナトが、チュッパチャプスの世界進出に際して、ダリと一緒に食事した際にロゴの作成を依頼したところ、ダリは紙ナプキンにデイジー(ヒナギク)を模したロゴを描きました。ベルナトはそれを原画として採用したということです。

ダリの関連書籍

ダリ 私の50の秘伝

著者略歴

ダリ,サルヴァドール
1904~1989。スペイン、カタルーニャ生まれの画家。幼い頃から絵画の才能を発揮し、マドリードの美術学校へ進学。印象派やキュビズムの影響を受け、シュルレアリスムの代表的作家となる

音土/知花
京都精華大学デザイン学科卒業。メーカー勤務を経て一年間南仏留学。立命館大学大学院国際関係研究科博士前期課程修了。現在は翻訳のほか、ライターとしても活躍(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出典:Amazon

もっと知りたいサルバドール・ダリ 生涯と作品(アート・ビギナーズ・コレクション)

奇人、ナルシスト、偏執狂…天才画家ダリの真の姿とは?

出典:Amazon

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