石田徹也|セルフポートレートで現代への不満を表現した画家

石田徹也 芸術家紹介

石田徹也のプロフィール

石田徹也

出典:石田徹也公式HP

名前 石田徹也(いしだてつや)
国籍 日本
生誕 昭和48(1973)年6月16日
死没 平成17年(2005)5月23日

石田徹也の生涯

石田徹也は、昭和48(1973)年6月16日、静岡県焼津市にて、4人兄弟の末っ子として生まれました。

幼少より絵を描くのが好きで、小学生の頃は小・中・高校生対象の公募「人権漫画」(静岡地方法務局開催)にて、最優秀賞を受賞したこともありました。

武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科に進学し、22歳の時に第6回グラフィックアート「ひとつぼ展」に応募した作品”みのむしの睡眠”がグランプリを受賞しました。

大学卒卒業後は、コンビニ店員などのアルバイトを続けながら画家として活動を開始しました。

20代半ばにして、ACA日本ビジュアル・アート展1997にて「健康器具」という作品でグランプリ受賞、キリンコンテンポラリーアートアワードにて「回収」という作品で奨励賞を受賞するなど、早々に入賞作品が続きました。

クリスティーズ「アジア・アバンギャルド展」など海外のアート展にも数回出展したり、26歳の時に東京・銀座のギャラリー@「Q&QS」にて個展を開催しするなど、精力的に活動していました。

日常生活に繋がるモチーフを取り入れた作品が多く描かれた石田徹也の作品ですが、このころから作品の中に本人と思える人物が登場するようになりました。

少しずつ名前が知られるようになり、個展開催やチャリティー企画展出展、VOCA展への応募など、活動の幅を広げていきました。

しかし、平成17(2005)年5月23日、わずか31歳で、踏切事故で帰らぬ人となってしまいました。

石田徹也の死後、全国各地で展覧会が開催されているとともに、遺作のうち21点を遺族が郷里である静岡県立美術館に寄贈されました。

平成21(2009)年には紺綬褒章が授与され、遺族が受け取っています。

石田徹也の作風

石田徹也 引き出し

出典:石田徹也公式サイト

石田徹也の作風は、

  1. 日常生活をモチーフにした絵に社会への不満や不安を詰める
  2. 自身を洗面所やトイレなど身の回りにあるものに置き換えるセルフポートレイト
    (シュルレアリスム)

この2点が挙げられます。

全ての作品を通じて、日本社会における個人の人権の尊さや管理された社会構造への不満、学校教育問題などを痛烈に批判しているとともに、不安や孤独感が絵の随所に込められています。

洗面器やトイレなど身近なモチーフを人と融合させたセルフポートレートを描く中に、日本の闇をシュルレアリスム(超現実主義)に表現しています。

題材として出てくる青年は本人を描いたものとされていますが、本人は自画像ではないといっていました。

石田徹也の作品

飛べなくなった人

石田徹也 飛べなくなった人

出典:石田徹也公式サイト
静岡県立美術館 所蔵

「飛べなくなった人」は1996年に制作された作品で、代表作の1つです。

遊園地の遊具の飛行機とサラリーマンが合体した、石田徹也らしいシュルレアリスムが香る作品です。

遊具自体がボロボロで遊べる状態ではない飛行機、うらぶれた暗い表情のサラリーマン、飛行機のマークがミッキーマウスのパロディという、鬱屈とした現代社会が1枚に込められています。

不満が見える表情、機械的な飛行機に自身を投影する形で描かれたセルフポートレートは、90年台において、非常に斬新な手法でした。

めばえ

石田徹也 めばえ

出典:石田徹也公式サイト
静岡県立美術館 所蔵

「めばえ」は、石田徹也が20代半ばに制作した作品です。

男子高校生が英語の授業中に、ぼんやりと教科書を見つめていて、うつろな表情に目がいきます。

顕微鏡と一体化している生徒が2名描かれていて、うち1名は先生に顕微鏡になったことを褒められているかのように描かれています。

顕微鏡のように、物事を小さな一点だけをみることを褒められているような、広い視野を持つ教育がされていないという現在の教育への不満がにじみ出ています。

そのことへの皮肉を込めたのか「めばえ」というタイトルが付けられています。

石田徹也の関連書籍

石田徹也ノート

独自なスタイル「他人の自画像」までの道のり、画家生活の苦悩、発想の源、ユーモア、夢が一杯詰まった石田ワールドの道案内。出典:Amazon

石田徹也全作品集

現実の何かに光を当てる絵を描きたい。31歳で急逝するまで、石田徹也がすべてを費やして描き上げた総217点の作品群を一挙掲載した待望の全作品集、ついに刊行。

出典:Amazon

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